2014年2月13日木曜日

「東京に大雪が降ると・・・」

週末の8日土曜日は東京でも記録的な大雪。
東京に大雪が降ると不吉なことが起こる。
・元赤穂藩四十七士による吉良屋敷討ち入り事件
・江戸幕府老中井伊直政暗殺事件
・226事件
ウヒャー!
後世の人の評価がどうあれ、これらの事件は全て「テロル」。
暴力によって政治的目的を達しようとする行為だ。
不謹慎だが真っ白な雪に赤い血。
これも東京が持つたくさんのイメージの中の一つだ。
 もちろん、8日は大事件はなく、誰かがどこかで何かを企んでいたということもない。私個人の大事件は、夜、新木場駅でなかなか発車しない吹きっさらしの電車の中で凍えていたくらいだ。あ~寒かった。

 明くる9日は東京都知事選挙。
事前の予想で舛添氏圧勝。他に有力候補なし。
急遽決まった選挙だったのでいつもはAKB48を起用するTVCMも素人が出るもので、私は結局1回しか見なかった。
ONAIR数自体少なかったはず。
TVニュースでも盛り上げりにかけると無視状態。
細川&小泉が争点化しようとした原発問題もオリンピック、高齢化、医療費、保育所問題の次くらいの位置になっていた。
選挙のたびに注目される「ネット選挙」知識人やその活動もほとんど取り上げられない。
 これほど無関心で、舛添さんが勝つと事前に宣伝しているとどうなるか?舛添さん以外を推している有権者は行っても無駄だ、ということになり行かない。
当然こういう心理が投票率を下げることを知っている現代人は投票所にはいかない(舛添さん支持者も含めて)。
最終的には律儀に組織票を頼まれた支持者のみが投票に行く選挙になる。
 結局、低投票率の中での舛添さん圧勝となった。

 「若者の投票率の低さ」が、選挙のたびに問題視される。
選挙権を行使しないのはもったいないを通り越して罪だ!罰金を!なんて極端なことを言う人もいる。
しかし、現在の統計学の手法を使えば、選挙前にほぼ正確な予想ができる。
それをTVや新聞は言っちゃうものだから、行っても無駄かどうかが事前にわかっちゃうのだ。
断言しよう!投票率の低さはマスコミが作っているのだ。
投票率が下がれば有利になる人日が誰であるのか?彼らは知っている。
逆に言うとマスコミに都合がいい人を当選させることもできるかも知れない。(選挙に関心が向かないように、ロシアの仕切りのないトイレの話ばかりすることも可能なのだ!)

 今回台風の目と思しき細川さん。
反原発を前面に出して、何やら小泉さんが郵政民営化で取った戦法と同じ危険を感じた勢力とマスコミに都合がいい人が一致したら・・・・
 そんな訳はないだろ!と「やりすぎ都市伝説」好きな私にそろそろツッコミが入ったところで、この話はおしまい。
 

 東京に大雪が降ったこの冬。
何も大事件が起きていなければ、それでいいのだが。

2014年2月6日木曜日

RAWデータで撮る映像の新しい時代!!

すみれ映像舎機材担当より


新しい時代の映像制作を予想します!!





ここ最近めまぐるしく変わる映像業界。アナログ放送はなくなり、地デジになり、そしてまた4Kへと・・・。


映像制作会社はついていくのにやっとです。


そしてまた新しい映像制作の時代、

それが


Rawデータです。


写真ではおなじみのデータ形式ですが、最近では動画でもおなじみになりつつあるのです。




ちなみにRawデータとは何かというと、



〝完成状態にされていない画像データのことである。英語でRawは「生」「未加工」を意味する(Wikipediaより)〟


ということ、撮影後でも編集できる非圧縮ファイルです。

もっとに言うと後から、光量や色などを厳密に編集出来るようになります。

Rawデータなら背景などが光でとばずに全ての絵をキレイにする事が出来るという事です。

写真カメラマンさん達はRawデータをメインで撮影する事のほうが主流のようです。




そんな便利なデータなら、これからはRawデータで撮ればいいんじゃないかと思われますよね?


実はこのRawデータとてもバカデカいのです。


どのくらいかというと60GBで15分程度しか撮れません。


64GBのSDカード1枚で15分〜20分程度です。
実際の撮影ではまだまだ現実的ではありませんね。



しかし映像現場でこのRawデータがこれから主流になってくる可能性があるのです。


それの流れの一つが急激な値段の低下です。


このRawデータすこし前までは何百万もするカメラでしか撮れなかったのです。


それが今では10万円で買えるようになりました。
(ブラックマジックデザインのポケットシネマカメラです)


急激な値段低下に業界騒然。

ブラックマジックの乱といえるでしょう。



そして二つ目の流れがSonyが参戦?


安くRawデータが撮れる!!にSonyが参戦しました。従来のFS700にインターフェースユニット接続でRawデータ撮影が可能に。

http://www.sony.jp/nxcam/products/HXR-IFR5/










そして今は3つ目の流れを待っているような状態です。


現在の4K映像ブームの時代の裏に、実は密かにRawデータブームが始まりかけています。


以前4Kについて書かせて頂きました。

(4K映像の是々非々
http://sumileblog.blogspot.jp/2014/01/4k.html )



Rawデータ撮影についての課題はまだまだたくさんありますが、
Rawデータがもし実用化される事があれば、4K以上のイチダイビジネスであります。



まず
映画のような、キレイな、美しい、
などとうたっている企業が飛びつくでしょう(我が社もそうです)。


そしてRawデータを民間でも簡単に編集出来るパソコンが普及すれば、
専用編集ソフトが売れ、ビデオ親父、ビデオ女子などと言われる人間が増えるでしょう。
Rawデータ専門の映像会社(素人が撮ったものを加工するなど)が出来てもおかしくないと思います。



とにかくRawデータはプロや民間を賑わすことと思います。


この流れ期待しましょう!!

2014年2月4日火曜日

都知事選とローマ人

都知事が選始まった!

都知事選が始まりました。
ほんの半年前までは英雄扱いだった猪瀬さんが献金問題で辞職し、急遽決まった都知事選。原発廃止を掲げ、細川&小泉の元首相コンビの話題性以外は盛り上がりに欠ける顔ぶれ。

若い人もいない。
女性もいない。
かと言って、与党も最大野党も積極的に推す人もいないという、とうとう人材払底の感すらある都知事選になってしまった。
 猪瀬さんを引きずり下ろすのに元気だった都議会からも誰も都知事をやろうと手を上げるものもいない。
国政や、他県で実績を積んだ人も打って出る!ということもない。
 これはどういうことなのだろう?
 東京に限らず、日本自体に、政治家が育つ仕組みが無いのかもしれない。

塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んだことがある人は、古代ローマの元老院の仕組みをご存知だろう。
知らない人のために少し説明します。
元老院というと、ヒゲモジャの賢そうな老人が、経済から軍事まで国家の方針を喧々諤々一生懸命議論しているラファエロの絵画のイメージかもしれない。

しかし、これはギリシヤのアテネのプラトンとアリストテレス。それも学問の問答だ。
それでも同じようなイメージをお持ちの人もいるだろう。

実際の元老院は、実に多彩な機能があった。時代によって構成するひとびと・機能・国家の役割が違うが、共和制時代の政治家養成機関としての元老院を説明します。

 ローマの国家元首は、執政官、定員2名で軍の最高司令官でもある。(塩野さんの喩えは『首相権防衛大臣兼統合参謀本部長』だ。)
その執政官の諮問機関が元老院だ。ローマの財務系の官吏であるクワエストル、貴族ではなく平民の代表者と言える護民官の経験者、名家の子弟がなって終身だった。
世襲ではない。そういった軍事を含む行政経験者が、元老院入りし、老人だけではなく、壮年の男性も多くいた。
ローマのエリート官吏はほぼ全員軍隊経験があり、議員といえど、戦時には一兵士として戦場に死ぬことすらあった。
ローマには戦いの神ヤヌスを祀る神殿があり、戦時にはその扉が開かれていた。
この扉はほぼ閉じられ得ることがなく、どこかで戦争をしていたローマにおいては、今日、議員だった者が、あすの戦場に死ぬことはざらにあったという。
高貴なるものの責任を表す「ノーブレス・オブリジュ」という言葉の語源は凄まじいものがある。

 また元老院で経験を積み、財務官や、法務官といった政務官の代表にもなっていた。今の大臣になるだろう。
つまり元老院は、人の出入りが多く、そこがゴールではなく、再び、行政官にもどるし、戦場にも行くし、ローマの属州や属領に赴任することもあった。
言ってみれば、巨大な政治家養成機関であったと言える。

 もし日本で同じような仕組みを作るとしたら、国会とは別に、学生・社会人から選抜、数万人単位の巨大な受け皿組織を作る。
彼らを中央や地方、国外で行政を経験させる。自衛隊の地方の出納官吏、過疎地の振興事業、建造物の保守、国境の警備、途上国の支援業務、何でも経験させる。
過疎地や、災害があったところにも有機的に人を派遣させる。
その上で、40歳を過ぎたあたりから、個々の適性を見、中央省庁の要職につけたり、国会議員にする(立候補させる)。
国家試験時の成績で、省庁や一生の席次が決まる今の仕組みでなく、社会の変化に対応できる人材を常にプール、常に育成、人の出入りも緩やかにした人材プール機能の組織が必要なのかもしれない。
20代、30代で慌てて政治家になる必要は無い。かのシーザーも40過ぎて政治家のキャリアがする。

 いま日本で政治家のキャリアは、どうやって育成されるか?

まず、出身職業だが、①地方議員出身、②政治家秘書、③官僚出身、④組合・政党等の職員、⑤弁護士、⑤タレント・スポーツ・ジャーナリスト他となる。(政治家の子供は職業ではないので出てきません。)

その後は、所属する党の仕事、各委員会の仕事、与党になり政務副大臣、政務大臣をしたあと、党の要職、大臣あたりがゴールになる。
大臣になっても、官僚のトップ、事務次官にいろいろ教えてもらわなくてはいけないので、有権者は、政治家を選んでいるのではなくて、官僚の生徒を選んでいるに過ぎないのかもしれない。
 
都知事になるような政治家は、行政能力があるだけでは、ダメで、都議を何年もやっているだけでもダメ。
こういう東京や日本の元首となる人には、普通の政治家以上の何かが必要で、そこまで養成することはできないだろう。


ただし、強烈なカリスマがなくても、適所に適材を置くシステムは作れると思う。


ローマの元老院のような人材を育成しながらプールする機関を作れないものだろうか?

2014年1月30日木曜日

舞台を、映像に2

舞台を映像に。本日は二回目です。
NHK教育番組のような導入で失礼します。


最近、人生いうものは、ほんのささいなことで行くべき道が分かれてしまうのだなと思います。
そんなわけで本日は、少々昔話から。


あれは、まだ僕が小学校に入学する前。
当時の僕は、絵を描くのが好きでした。
なんのことはない動物などを、新聞の折り込みチラシの裏や、コクヨの「じゆうちょう」などに描きなぐり、日々を過ごしていました。

思えば、運動もろくにできず、外で元気に走り回ることもできなかった僕にとって、絵を描くということだけが、ある種のステイタスだったのでしょう。
幼稚園で絵を描けば、幾度か「金賞」という名のついた、今となってはなんなのかよくわからない賞に表彰されたこともありました。

そんなある日、いつものように幼稚園に行くと、その日は衣替えだったようで、僕以外のみんなが、上着を着ていました。
たしか、おばあちゃんに、「暑いから脱いでいけ!」と言われたのが原因だったと思います。
僕だけが上着を着ないままに、その場に佇んでいました。

当然、門のところで先生に止められました。「上着はどうしたの?」と。
僕は悪びれることもなく、「忘れた」と言いました。上着をちゃんと着た友達が、僕を振り返り、心配そうな表情を浮かべています。
まぁ、これは怒られるだろうなと、幼い心に思いました。

するとその先生は、もう一人近くにいた先生を呼び、なにやら小さな声で相談を始めました。
ほとんど聞き取れはしませんでしたが、一言だけはっきりと
「この子、金賞だしね…」
と、悩ましげな先生の声が聞こえました。

次の瞬間、僕はなんのお咎めもなしに、幼稚園の中へと通されました。
「そうか。権威とは…こういうことか。」
幼心に、そんなことを思ったのを、よく覚えています。


そんな、ある日のことでした。
いつものように「じゆうちょう」を開き、その紙の上に鉛筆で線を走らせることに身を任せ、その快楽に恍惚としていると、
大好きなおばあちゃんが僕の描いている絵を覗きこみ、
一言、こう言いました。

「よっちゃん、下手になったね」

よっちゃんとは、僕の名前でした。一瞬違うかなとも思いましたが、僕の名前でした。


その日から、僕はまったく、絵が描けなくなりました。


金賞を取りまくり、幼稚園のドレスコードをぶっちぎるほどに肥大していたはずだった僕のステイタスは、
なんのことはない、たったの一言に殺されたのです。

その後も、そのトラウマからか、小学校で絵の課題が出されても一切何も描かず、ボイコットをするようになりました。
「なんでなにも描かないの!?なに描いてもいいんだよ!」と小学校の先生が怒鳴っても、僕は唇をかみしめ、なにも描こうとはしませんでした。
自由になんて、僕には描けません。
僕の「じゆうちょう」は、あの日になくしてしまったのです。


そんなこんなで、僕は今、とても絵が下手です。

漫画が好きで、漫画家になりたいと思ったこともありました。しかし、絵を描くことの恐怖からか、すぐに諦めました。


もしもあの一言さえなかったら…僕は画家か漫画家になれていたかもしれない。おばあちゃんを恨むわけではないですが、そんな風に考えてしまうこともあります。

でも今の僕は、甥っ子にせがまれて絵を描けば、真顔で見つめ返され、
友達の結婚式の余興で絵を描けば、下手すぎて「こわいよ」と笑われてしまうのです。

これが、かつての金賞少年の、なれの果てなのです。


なにが言いたいのかよくわからなくなってきたので、本題である舞台の話をします。

そんな僕が、今まで見た舞台で一番衝撃を受けたのは、「夢の遊眠社」という劇団さんの「贋作・桜の森の満開の下」という公演でした。

出会ったのは高校時代。
先輩から借りた、一本のビデオテープでした。

生で観たわけでは、ありませんでした。
しかし、それを見た時の、「こんなにおもしろいものがこの世にあったのか」という衝撃は、僕を富山の片田舎から上京させ、10年以上も演劇の世界に縛り付ける結果を生みました。

そもそもが、僕が4歳の時に公演された舞台です。
生で観ることは、かなわなかった公演なのです。

それがなんの因果か、時間も場所も飛び越えて、僕の目の前にあらわれたのです。

舞台は、終われば何も残りません。それが魅力と言う人もいます。
しかし、僕の人生が、たった一言、たった一本のVHSで変わったように、
少しでも残すことができれば、そしてそれが見に来られなかった人のもとにまで届くことができれば、その人の人生のなにかが変わるかもしれない。


それは、とても素敵なことだと、思うのです。



堀

2014年1月28日火曜日

声優・永井一郎さん逝く

声優の永井一郎さんが27日に亡くなられた。
 永井一郎という漢字ではピンと来なくても、その声を聞けば日本中の人が聞き覚えがあるはず。



サザエさんの波平、
宇宙戦艦ヤマトの佐渡先生、
母をたずねて三千里のペッピーノ、
未来少年コナンのダイス船長、
ナウシカのミト爺、
YAWARAの猪熊大先生・・・
その他にネットを見るとゲゲゲの鬼太郎の子泣き爺や、
ど根性ガエルの町田先生、
ザンボット3の神北兵左エ門、
最近ではサマーウォーズの陣内万作、
ハリーポッターのダンブルドア校長、



そのほかバラエティや情報番組のナレーターとして、そして、そして機動戦士ガンダムのナレーションでも有名な人だった。

 サザエさんも、声優がどんどんどん入れ替わり、テレビゲームやファストフードが当然のように出てくる時代になり、いつの間にか見なくなった。これでまた、見ることがなくなるだろう。

 日本のアニメは今や重要な輸出品となっているが、1970年代のロボットアニメや魔女っ子アニメがフランスをはじめとするヨーロッパ、中東、南アジアで人気だったからこそ、クールジャパンともてはやされる時代になっている。


 その物心がつくかつかないかのころのアニメによく出ていたのが、永井さん。


日本人の人口構成のうち太い人口を構成する世代が、永井さんの声を聞きながら育った世代だろう。


私なんか、まさにその世代なのだ。


大御所、大女優という人たちの訃報に接しても、いまいちピンと来ないが、ピンと来る人の訃報が多くなる歳になってしまった。

最近、缶コーヒーのCMで聞き覚えのあるBGMが流れていたのでネットを調べるとやはり、ガンダムのBGMだった。

そのCMがONAIRの最中に永井さんが亡くなった。
そのガンダムのナレーションの中での決め言葉が「君は生き延びることができるか?」だった。

永井さんはなくなったけど、永井さんの声を聞いて育った日本人、ちゃんと生き延びなくっちゃね。


本当の意味での日本人がこの星からいなくならないように。

2014年1月22日水曜日

GH3というビデオカメラ

 すみれ映像舎 機材係より



GH3という一眼レフカメラを紹介したいと思います。




なぜ映像会社が一眼レフを紹介したいというと、


この機材まさにビデオカメラだからです!




一眼レフでビデオ撮影というともうすでに業界ではおなじみではありますが、


その一眼レフの中でももっともビデオカメラに近い、もしくはそれ以上の機能を備えているカメラであると断言します。




その理由は


まず

30分という規定がないこと、




一眼レフを持っている人はご存知だと思いますが、

連続撮影30分という規定があります。



一般の一眼レフは長回しが出来ないのです。


    - 理由はというと海外の税金の話など色々ありますので置いといて、



30分以上回せないとなるとビデオカメラとしては使い道が限られます。



それに比べ
GH3は電源とSD容量がある限りいくらでも回せます。
そしてバッテリーの持ちもよく2時間程度なら連続撮影を楽々こなせます。

長時間撮影をするビデオカメラと同等の力を持っています。






二つ目は

録画形式が多種多様な事です。


一般のビデオカメラや一般の一眼レフでは多くのコーディック(再生用、制作用の映像圧縮形式)を選べないものが多いと思いますが、

GH3は違います。



MOV(パソコンで編集するため形式),

AVCHD(テレビなどで再生する形式),

MP4(パソコンで再生する形式),


その中でもMOVでは、ピットレート72で撮影出来ます。

(ピットレートの数値は映像の綿密さを表します。通常の地デジ配信のピットレートは15です。)



それにAVCHDでは60Pでの撮影も可能です。

(60Pは一秒間のフレーム数と形式を表します。P=プログレッシブで一枚の絵が60枚連なる事を意味し、滑らかな映像となります)

とにかく高ピットレートで撮る事が出来るのです。
とにかく滑らかな映像を撮る事が出来るのです。


GH3は撮影の場面によって設定を多種多様に変える事が出来るのです。


製作用のビデオカメラ、一眼レフと同等の力を持っています。





3つめは
レンズのバリュエーションです。



GH3はレンズによって大きくカメラが変わります。

そんな事は一眼レフでは当たり前ではあるのですが、

GH3の特色はマイクロフォーサーズです。

マイクロフォーサーズとは撮像素子の多きさです。

GH3は通常の一眼レフよりも少し小さめに出来ています。


小さいと何が良いかというと、
ズームが通常のフルサイズの一眼レフよりも2倍ほど効くことになります。
レンズの絞りを解放してもフルサイズほどボケが弱く、絵の情報をはっきり写す事が出来ます。


これがGH3というビデオカメラの幅を広めてくれます。





LUMIX G VARIO 14-140mm/F3.5-5.6 を使うと

広角から10倍ほどの望遠と、強力な手振れ補正もついて、通常のハンディカムビデオカメラと同等の力を持つ事になります。





Nokton 25 mm f/0.95 を使うと

極端に解放出来るF0.95によって、フルサイズの一眼レフカメラと同等の〝ボケ〟を楽しめる事になります。



このほかにも超望遠レンズや、魚眼レンズ、3Dレンズなどたくさんのレンズがあり、それによってGH3が変わっていくのです。



以上GH3の3つの利点を上げましたが、

そのほかにもGH3には利点がたくさんあります。



それはまた次の機会にしましょう。







2014年1月21日火曜日

『アメリカングラフティ』のエンディング(ネタバレ)

映画の最後には、監督、スタッフ、配役、協力会社などのエンドロールが流れる。

映画館では、エンドロールが流れると席を立つ人がいるが、私は最後まで観る派。

昔のジャッキー・チェーンの映画は最後にNG集を流していた。
TVでは時間の関係でエンディングは省略されることが多いのでファンは危険なスタントに自ら挑むジャッキーを目にできるまたとないチャンスだった。
一度は救急車で運ばれるシーンもあったような気がする。



 『アメリカングラフティ』という映画がある。
たくさんの60‘Sのヒット曲が流れる若きジョージ・ルーカス監督の製作の名作だ。
 
 1962年、アメリカ西海岸の田舎町。
主人公は高校生、多くの他の高校生とともに明日には東海岸の大学に旅立つ。
その夜は、街中で卒業生がバカ騒ぎ。
不良グループとのレース、恋を遂げようとする者、大学か女か悩む者、、、主人公のリチャードドレイファス演じる若者は、そんな高校生に比べどこか冷めている。
明日には、この街には自分はいないと思うと、街ですれ違った美人を夜中探すという、つまらない遊びに夢中になった。
やがて、様々な事件が起きた、高校生たちにとって夢のような一夜が明け、彼らはそれぞれの道を歩み出す。

というところで話は終わる。
 
 昔、TVで見たときは、ここで終わり、なんの物語かは理解できず、懐かしのロックベスト集みたいなレコードを買ってもらって終わった。


 しかし、大きくなって、ノーカット版で見たとき、最後のエンディングでは、その高校の卒業アルバムの写真とその後消息が一人一人語られる。
久しぶりに見て良かったなと何気なく見ていると、その後、作家になったり、自動車事故で死んだりという消息の他に、少なからぬ人間がベトナム戦争で死んだと続く。
見たあとの余韻が吹き飛んだ。
田舎町で平和な一夜を過ごした彼らの多くが、数年後は、ベトナムの聞いたこともない場所で死んでいるのである。
その時この映画の本当の意味を知った気がした。
 今だったら、インターネットを見たら映画のモチーフが解説されていたり、私みたいなのが余計なブログを書いているが、昔は、自分で見て、自分で意味を見つけなくてはいけなかった。かっこいい音楽が流れるだけの映画ではなかったのだ。

 なんてやつだジョージ!こんなエンディング用意しているなんて、



ということで、このブログを読んで『アメリカングラフティ』見ようと思った方、エンディングをばらして、ごめんなさい。もし、誰かに奨めるときは、「最後まで見るといいよ」とだけ、言いましょう。