2014年8月29日金曜日

バレエ撮影!!

すみれ映像舎としていくつものバレエのビデオ撮影・編集に関わってきました。

改めて思う事ですが、



バレエは美しい。




その人がベテランであっても、まだはじめて間もない人であっても、同じことを思います。







そんな訳であって
舞台撮影の中でもバレエは特に“美しさ”を意識します。




一生に一回の彼女らの演技です。
映像として撮れる事は本当に幸せだと感じます。







2014年8月13日水曜日

すみれウェディング!!

すみれ映像舎がウェディングページを開設しました。



もともとウェディング映像制作をしていた弊社ですが、今回は本格的にネットショップとしてオープンしました。




面白いプロフィールムービー、面白いエンドロールを用意しております。


是非お立ち寄りください!!


すみれウェディングページ
http://www.sumileeizosha.com/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0/




下の動画はすみれウェディングの一押し商品『cubic』です。

写真を立体的に見せるちょっと変わったプロフィールビデオです。

是非ご観覧ください!!




2014年6月4日水曜日

「アンと花子と専業主婦」

NHKのテレビ小説は、朝、夫と子供を送り出した主婦が、ほっと一息ついて観る15分、というのを聞いたことがある。第1作は1961年、高度経済成長期。途中から年2作になり半世紀以上続き、現在86作となる。

 専業主婦というものが日本で一般化したのが、この高度成長期。これ以前は人口の半分近くが第一次産業だから、農業と主婦業というのが日本女性の主な仕事だったと言えるだろう。また、生活家電、スーパーが発達していない時代主婦業は重労働だったはずだ。
 1960年代、高度経済成長はサラリーマンや製造業従事者の妻が、この専業主婦になっていき、今見直しが進んでいる「所得税の配偶者控除」が出来たのもこの頃。この悪法は、女性の仕事への意欲を削ぎ、先進国中女性の社会への進出105位という結果を生んでいる。政府としては、専業主婦化した労働人口は失業率の母数から除かれるので、統計的に労働政策の非難を回避できた都合のいい仕組み。NHKの「朝の15分は専業主婦の時間」も、日本的な風景を作るのに一役買ってきた。
 そのうち、ビデオが一般化し、帰宅後見ることもできるようになったが、相変わらずこの枠は、女性が主人公のドラマ枠になっている。「おしん」のような立身出世物語や、様々な職業の女性が人生を変遷していくもの。専業主婦が主人公でなく、その憧れのようなものが反映しているのかもしれない。

今作は「赤毛のアン」の原作者村岡花子の半生をお孫さんが書いた「アンのゆりかご」をもとにしている。村岡花子の人生に、赤毛のアンのエピソード(自分の呼び名、石板で同級生を叩く、お酒を飲んでの大失敗、おじいにマシュウの口癖(※これはアニメから拝借))を盛り込んだ、幾分ファンタジーのような話と思いきや、5月に入って、蓮子なる謎の人物が出てくる。自らを白蓮と名乗るので、もしかしたら「白蓮事件」の?と思い調べるとまさしくそうだった。村岡花子と交流があったようだ。ここで一気に、このドラマが、村岡花子の半生を童話的に物語るのではなく、大正昭和の激動の歴史の中で語られていくことを知った。(私はこういう展開が好み)

 赤い髪にコンプレックスを抱えるアン。見た目や容姿に劣等感を抱える女の子が、いつの間にか自らの努力でそれすらも克服していく物語「赤毛のアン」は世界中の女の子のバイブル的な本だった。が、カワイイに振り回され、化粧品や、ネイル、つけまつげにお金をつぎ込み、簡単に美容整形してしまう現代の日本人女性には耳の痛い物語になってしまった。

 専業主婦、ファッションや美容にお金を使わせられる仕組み、いつの間ににかどこかの誰かに踊らされている。Anneはそんな子じゃないし、そんな子に憧れていたこと思い出してもいいんじゃないかな。

2014年5月12日月曜日

「『How I live now』予告編と公開されない映画」

 映画館へ行った時の楽しみの一つが予告編、たっぷり5分は見させるが、どれもこれも見たくなる。
実際見るとそれほどでもない。
映画を観て感じる心理と、予告編を見て感じる心理は確実に違うのだろう。まんまと私たちははめられているのだ。


 最近では、YouTubeで気軽に見られる。日本公開前のものも有り、期待が高まる。そんな映画の予告編を一つ。

シアーシャ・ローナン演じる事情のありそうな美少女が空港に降り立つ、いとこの住むド田舎にやってきた彼女は、やがて心を開き・・・ボーイ・ミーツ・ガール物か?と思いきや、何かが彼らに迫る。
遠くに響く音が近づき・・・モンスター・ホラー物か?と思いきや、状況がわからない少年少女たちに銃口が突きつけられる。どこかの誰かが戦争を始めたのだ。彼女らは収容所に入れられ、やがて脱走する。

第三次世界大戦が起きたら?というお話。全世紀の後半は世界中の人がこの影に怯えていたが今では古臭いテーマ。

原作はメグ・ローゾフの『わたしは生きている』。原作も評価が高い作品。公開は、去年の夏、欧米で、日本公開は未定だった。そして未だに日本での公開予定はない。

主人公シアーシャ・ローナンは、たった2分の予告編で、周囲に心を閉ざす冷たい少女の表情、同年代のいとこに心打ち解けた時の笑顔、恋する乙女の目の輝き、そして、恐怖と苦しみの表情と様々な顔を見せている。映画『ラブリーボーン』の主人公だし、原作の邦訳も出版されているし公開しない理由はなんだろう?やはり第三次世界大戦は古臭いのか?

 冷戦終了後、第三次世界大戦を想定した映画・フィクションはほとんど見なくなった。ユーゴ内戦、イラク戦争、アフガン戦争、シリア内線と戦争はあっても遠いよその国、今、自分たちの生活している場所が戦場になるなど誰も思っていない。想像力の働かないところにはフィクションすら生まれない。唯一戦争を想定してものを言っているのは、意外と安倍総理かもしれない。しかもチョー現実的だけど。ウクライナ情勢が混沌とし、ロシアの先祖返りが明らかとなった今、こういう映画こそ上演すべきなんじゃなかろうか?
あれっ意外と安倍さんに気を使って、この映画公開しようという会社出てこないのかな?

『How I see now』

2014年4月29日火曜日

「オードリーとナタリーとバレエ」

「グレーテルのかまど」という教育テレビの番組で、オードリーヘップバーンのチョコレートケーキが紹介されていた。

有名人とそのお気に入りのスイーツをレシピに忠実に再現する少し変わった料理番。
有名人にまつわるスイーツの心温まるエピソードと、美味しそうなスイーツの組み合わせは、週一回の楽しみ。

 オードリーヘップバーンの映像を見ていて、「誰かに似ている?」としばらく考えていると、幼少期の写真が出て、映画「レオン」のナタリー・ポートマンが浮かんだ。

ネットでも既にふたりが似ているってことを書いている人がいるようで、別に私の大発見でも何でもないが、女優を超えて多くの人々に愛される要素を二人は持っているということだろうか?
アカデミー受賞作「ブラックスワン」では、主役に抜擢されながらも狂気に支配されていくバレリーナを鬼気迫る演技で見せてくれました。

オードリーヘップバーンも、女優になるまえは、バレエダンサーを目指していたようで、ますます二人が重なって見えます。

晩年は自らの戦争体験から、国連の活動にも積極的に関わっていたオードリー、ナタリーポートマンも、そういう活動をしていくのかな?あるいは、その前にオードリーのようにひっそりと家庭生活に入っていくのでしょうか?


 週末、バレエ教室の発表会の撮影に伺いました。

広い舞台をくるくる回る妖精のようなバレリーナの美しさ、ぴょんぴょん跳ねてるバレリーナの卵たちも可愛く、未来のオードリー、ナタリーたちの仕上がりが楽しみです。

2014年3月11日火曜日

アルキメデスの不思議な機械

塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読み返している。
ちょうど古代ローマと強国カルタゴの死闘、ハンニバルが登場する第2次ポエニ戦役の箇所だ。
カルタゴの植民地スペイン育ったハンニバル軍が象を伴いアルプスを越えてローマ本土にやってくる。
戦術の天才ハンニバルは次々にローマ軍を打ち破り、首都をかすめて南部イタリアに16年にわたって居座る。
現代の戦車象、アフリカの騎兵を縦横に操るハンニバルに対してローマの武将は歯が立たない。
決戦を避け持久戦に持ち込んだローマも、やがて、スキピオというもうひとりの軍才ある青年の登場で反攻に転じていく。
 しかし、歴史はそう上手くはいかない。
シチリアのシラクサでの戦線が膠着する。
このシラクサに住む著名な数学者の繰り出す奇想天外な兵器でローマ軍は攻めあぐねてしまう。
その数学者はアルキメデスだ。
塩野さんが言うには、ローマ軍のみならず2000年後の高校生まで悩ましちゃうすごい人なのだ。
 
ちょうど先日NHKの海外のドキュメンタリー番組で、「アンティキテラ島の機械」をやっていた。
前から読みたいと思っていた「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」
という本のTV版だ。
約100年前、ギリシアのアンティキテラ島の近くで見つかった沈没船に、2000年以上前に作られたとは思えないいくつもの歯車を持った精巧な作りの機械が見つかった。
雑誌「ムー」的に言えば、オーパーツ。
人類を凌駕する文明を持った異星人、又はアトランティスの人々、はたまた時間旅行者が間違って落としていったものか、同じような精巧な機械は、約1000年後のルネサンス時代になるまで現れない。いったい誰が何のために・・・?
 ドキュメンタリーは、近年特に進んだ光学的解析技術等をとり入れて、この機械の正体を突きとめていく。
その正体は、ネタバレなのでここでは明かさず、その設計思想が明らかになる。
小型化、専門家以外にもわかる取説付き、インターフェイスの理解しやすさ、つまり、携帯パソコンを作る思想と同じなのだ。
要は携帯〇〇を作ったのだ。
 では、これを誰が作ったのか?月の神の名前からコリントス人であると予想される。
アルキメデスのいたシラクサはコリントス人が作った町だ。

第2時ポエニ戦役、アルキメデスの知恵に舌を巻くローマもやがて、シラクサを攻略する。地面に書いた数学の問題を解くのに必死でローマ軍に攻め込まれたことを知らないまま、無名の兵士に殺されたアルキメデス。
アルキメデスが持つ2つの機械のうち1つはローマの武将が戦利品として持ち帰る。
その子孫が、披露した様子をローマ時代の文筆家キケロの記述から知ることができる。
その内容が、正しくアンティキテラの機械と同じ機能を示している。

アンティキテラの機械、機械に刻まれた神の名、同じ神の名を持つシラクサの民、アルキメデスの機会を持ち帰ったローマの将軍、キケロの記述。それぞれが繋がり、環が完成する。
1個の機械の解明が、伝承されている歴史が事実であったことをより強くさせている。
シラクサの街の路上で地面にひたすら数式を書くアルキメデス、2000年以上前に本当にあったシーンなのかもしれない。

 「アンティキテラの機械」は、現代人に古代の人の息遣いを感じさせる、そんな機能もあるのかもしれない。

2014年3月7日金曜日

第6回恵比寿映像祭に行ってきました。

今年も恵比寿の写真美術館で行われた映像祭に行ってきました。
この映像祭は新しい映像の表現を求めて様々な映像作家の作品が無料で観られる大変画期的な映像祭です。

私はこの映像祭に第三回から4年連続で観に来ています。
こうなると第一回も第二回も観たいと思ってしまいます。

それほどこの映像祭には映像人として期待しています。


そして今年も期待する映像祭が行われました。



(TRUE COLORS)


と題するように今年一番目を引いたのは分藤大翼BUNDO DAISUKEさんの南アフリカの熱帯雨林地域に暮らすバカ族の記録映像でした。


記録は壊れたカセットテープを修理し、再生するまでの過程を記録した映像です。


別に何か起こる訳のない何の変哲もない映像ですが、全く環境の違う地域に暮らす人々の生活を特別な映像に感じました。



豊かな民族音楽を継承する人々の間にもラジカセが浸透するなど徐々に生活の変化の波が押し寄せている。


そんな記録映像が淡々と流ながれていました。



改めて映像とは


〝意味のあるもの〟と感じました。


どんな映像にも意味がある。

〝意味のない〟映像にも〝意味のない〟という意味がある。


時代が進み
これからも映像がどんどん変わっていく事でしょう。


しかしこれだけは変わらない事です。




意味のある情報を

どう表現するか?

どう発信するか?

これからの時代は問われるものだと思います。



それ突き詰めるという意味で恵比寿映像祭の存在はとても貴重なものであると感じます。